☆しんかなのブログ☆

元学校の先生、無職、そして母になる。〜世の中への社会研究〜

平成が終わり、「しんかなのブログ」さようなら〜

「せんざきあやのさんの星詠み」

 

産後、色々気持ちの変化があり、

これまでの方向性と違う分野も試してみたいなと

思ったので、いったん「しんかなのブログ」を閉鎖します。

 

日によっては100以上のアクセス。

約1年続きました。

直接お会いしたことない方が読者になってくださったりも。

リンクを張ってくださった方も。

これまで毎回、たまに、一度でも

読んでくださった方ありがとうございました。

 

私は昔から、書いて表現すること(文章のスキルの上手い下手はさておき)が好きで、

ブログのためのライティングも何も勉強していませんが、

ちょこちょこ書いてきました。

 

平成時代は主に「不登校」「多様な学び」「妊娠出産」を

「元教員(女性)」の視点で書いてきました。

次の令和の時代は、「元教員」ではなく「一児の母」の視点で、

また別の分野を掘り下げて書いて表現したいと思います。

 

「しんかなのブログ」さようなら〜。

平成とともにアッデュー!!!!!

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と思ったのですが、閉鎖、削除する必要もないかと思い、

ふと更新することもあるかもしれないので、

しばらく置いておきます(爆笑)。

 

ブログを閉鎖しようと思った理由は、

シンガーソングライターのせんざきあやのさんの星詠みが

一つのきっかけです。

占いも得意で、お菓子作りも上手で、何より本人が素敵な女性なんですよ。

初めて会ったのに、全部見透かされてるような気にさせられちゃう。

私と年齢もほとんど変わらないんですけどね。

人生経験でいえば、私より一回り上という。

 

彼女を知りたい方はググってください(笑)

 

星詠みの内容を簡単に要約すると

「パワフルでエネルギッシュな星」

 

「自分自身を表現するのにとてもストイック」

 

「まっすぐな行動力が社会的に貢献する」

 

「惹かれることを表現していく、

アウトプットすることが勝手に誰かの役に立つ才能がある」

 

「孤独 でも個が尊重される孤独だからしっかり味わう」

 

「2021年、拡大を遂げる」

 

「自分の感覚を大切に」

 

 

確かに「孤独」を感じることは、小さい頃から多かったかも。

協調性がない、空気が読めない、とか言われてきたけど、

それって自分の感覚に正直だったからかも。

あと、私の生きている姿?に救われている人がいるそうです。

 

 

と結果を聞いて、

もっとできることが私にあるかもと考えたわけです。

教員を退職して2年ほど「不登校」に関わり、

現場の教員研修でお話させてもらったり、

新聞に載せてもらったりしました。

が、この辺でいいかなと思ったわけです。

 

なぜなら、私は不登校当事者じゃない。

元教員といえど、もう退職して3年。

リアルに語ることができない。

私の見てきた世界。調べた知識。

当事者と教育現場をつなぐことはできるかもしれない。

でもそれはどちらかの需要あってこそ。

私が積極的にやることではない気がする。

 

ましてや、それで食べていくことはできなさそうだ。

食べていく、、、一児の母である以上、金銭的な面は考えてしまう。

 

 

といえど、この分野からは撤退ではありません。

とあるフリースクールで、

休日少しの時間だけ夫に我が子を預けてボランティアを始めます。

もちろん我が子や家庭優先で、毎週ではありません。

学習をサポートしたり、イベントで関わったり。

 

 

次の私のステージでは、

表現することで最終的に生計を立てること!!

家族が、表現を受け取った誰かが心豊かに生活できること!!

これを目指します!!!

2021年に拡大を遂げると信じて。

令和始まり、生きてこそだと思う

「批難じゃなくて意見、、気楽に喋ってくれて大丈夫」

 

昭和末期生まれ、33歳女。

バブルの波に飲まれ、旅行ばかり行っていた幼少期。

しかし、バブル崩壊後、失業、倹約、安定志向、男女平等の風に吹かれ、

平成の時代をどっっぷり浸かって30年間生きてきました。

令和はどんな時代になるのやら、楽しみで仕方ないです。

 

令和1日目の夜明けは、突如目が覚めた我が子が連続寝返りをして(同じ布団)、

私の近くまで来て爆睡するという、なんともささやかな幸せに包まれました。

平成最後の昨日まで、

ここ最近、久しぶりに強く発生した産後モヤモヤなんか、

もうどうでもいい。

我が子が生まれてこそ。

私が33年間なんだかんだ生きてこそ。

だと思ったのです。

 

以下、センシティブな賛否両論が起こるかもしれない内容です(いつものことながら)。

 

平成最後の4月30日。

私は以前受けた子宮頸がん検査の結果を病院の医師から聞きました。

実は妊娠初期検査が「軽度の異常あり(疑い)」と出ていたのです。

妊娠中は詳細は検査できないということから、

出産後に検査ということになっていました。

 

これまで妊娠するまで2年に1回、この検査を受けていましたが、

引っかかったことはありませんでした。

もしかしたら私以外にも、読んでくれている人でも引っかかったことがある人は

いるかもしれません。

 

たいていは出産後、または時間経過とともに自然消滅すると言われているようで、

「妊娠を継続しても問題ない」ということでそのまま様子見で出産しました。

 

結果、

産後1ヶ月の検診、半年後の検診でも腫瘍は見つかりませんでした。

よかった。

 

でも私は、このがん検査よりも、もっとモヤモヤしていたことがありました。

それは検査した日の

「次の出産も帝王切開のほうがいいね」という言葉でした。

(ちなみに現在妊娠していません)

 

このブログを読んだことがある人は、私が微弱陣痛からの予定日超過、

促進剤の誘発分娩、緊急帝王切開だったということは知っていると思います。

まさにお産の痛みのフルコース出産!!!!

 

そうやろうなーと分かっていたのですが医師から言われると、

やっぱりなーというかリアルに感じました。

産後、帝王切開関係の本やらサイトやらはたくさん読んだので、

いわゆる胎児側の理由でない(逆子、双子、心肺停止)でない母体側の理由の帝王切開はTOLAC(トーラック 帝王切開後の経膣分娩 成功したらVBACとよぶ)は基本的にできないことも、子宮破裂(胎児の障害、死亡、最悪母親も死亡)のリスクが1パーセントあることも知っていました。

 

TOLACができる条件は、病院によって多少違いはありますが、

だいたいそんな感じのようです。

私自身は、それが絶対したいわけではなく、正直死ぬリスクを高めたくないし、

子どもの命が大事だし、でもやっぱり経膣分娩で産みたかったなと心残りはあります。

 

私は帝王切開になる覚悟は、

直前まで出来てなかったから手術中めっちゃ怖かったし、

産後しばらくは引きずりました。

 

病院や地域の産前の母親学級では、

前置胎盤など剥離などのリスクの説明は受けたけれど、

予定帝王切開の経産婦さんのお話はカット(そもそもなぜ参加しなあかんのかと私だったら思う。帝王切開の話ないのに)だったし、なぜ帝王切開になるのか、帝王切開になればどんな処置を受けるのかも説明はありませんでした。

 

いや、私がそのことも念頭に置いて調べるなりしたらよかったのかもしれません。

いちおう、それもあるだろうなとは覚悟はしていたのですが、

まさかな〜という生ぬるい覚悟だったんだと思います。

入院も手術もしたことのない健康優良児だったし、ずっと下半身しっかりしているからか安産型と言われていたし(我が子は頭が大きく骨盤ぎりぎり)、妊娠中つわりも何もなかったし。運動も食事も適度に気を付けていたし。何も気にしてなくてもスルッと産む人は産むし。

とはいえ、そんなん予期できるかっていう感じなんですけどね(笑)

 

だから産後、助産師さんや周囲の何気ない言葉や行動に勝手に傷ついていました。

「次の出産は予定が立てやすくていいね」とか

(まあそうやけど、それを羨ましいとかメリットとか言われても)

「●●だから帝王切開になったんじゃないの?」とか

(いや、好きで切ったわけじゃないし・・・)

「努力が足りないから」

(特にしてなくてもスルッと産む人は産むやん)

「自然分娩」という言葉とか

(「自然」の定義とはなんぞや 病院で産んだら自然と言えるのか)

 

勝手に傷ついているだけで、批難されているわけじゃない(意見なので)ので、

普通に喋ってくれて気を遣ってもらわなくて大丈夫なのですが、

凹んでる時期は無理なようでした。

 

我が子は分娩中も産後も超超元気で(笑)

私も術後は何くそと思っていたからか、翌日から歩く歩く。。。

日々育児に追われてバタバタで、産み方なんて関係ないーと思っていた矢先。

ああ、また思い出してしまう出産。

また、手術しなあかんの?あの時の気持ちをもう感じたくない(

後悔とか不安とか)

とはいえ、すごいリスク背負ってまで産むの怖すぎる。

(お産自体が命がけなんですが)

 

これって、お産トラウマってやつなんだろうな。名付けるならば

私でなくても、誰かしら難産だったからとか痛かったから怖いっていうのはあるとは思います。

ブログで受け入れるとか散々言って受け入れられない、弱っちい私なんです。

 

一言でいうと

帝王切開(正確には精神的につらい思い)はもうしたくない」

(だけど私は帝王切開だからこそ我が子に会えたとも思っている)

何度も補足すると

「現在妊娠はしていません」

 

「きっと全部時間が解決してくれる」

「今はとことん、何度でも悲しくなったら悲しもう」

「その人の立場にならないと分からない」

「妊娠中の努力の結果が安産とは限らない(お産は分からない 運命とも言える)」

 

とりあえず、私が生きてこそ。

検査の結果は良くてよかった。

また妊娠することがあれば出産方法とか考えて悩もう。

凹む時期はいったん去りました。

 

令和の新しい時代。

帝王切開は平成では、5人に1人とマイノリティかもしれないけれど、

これからは、少子高齢出産時代でより「安心」「安全」なお産傾向が強まり、

帝王切開率は高くなると思う。

私は、病院や助産院で、帝王切開の説明をしてほしいし、

予定帝王切開の経産婦さんの出産体験談もカットせず、

喋らせてもらえたらなと願っている。

もちろん無痛分娩の説明も体験談も。

知らないことは偏見や差別を生み出したり、私みたいに引きずることになるから。

聞きたくない人は聞かなくていいと思うけれど。。。

 

令和が素敵な時代になりますように。

今年のGWは赤ちゃんが小さいため家でのんびりしています。

 

 

子どもを一人の人間として見る③

「自分らしくいてください、は自分に言いたかった」

 

前回の記事からかなり日が経ってしまいました。

産後の体調不良のため更新が遅くなり、待っていてくださった方(!?)すみません💧

産後アトピーと呼ばれるものが悪化してしまい、

料理・育児以外の家事は夫に任せていました。

今はすっかりとまでは言わないですが、かなりよくなりました✨

 

「子どもを一人の人間として見る」というのは大人になってからは、

意外に、というか結構難しいことではないかと思うのです。

私はここ毎日、赤ちゃんという人間と関わっているのですが、

どうしても我が子というものは自分の都合で、外出先に連れて行ったり、

やりたいことを禁じたり、振り回してしまいがち。

いや、赤ちゃんが大人を振り回しているのかも??

 

子どもは「大人より経験不足」「言語表現できない」

ということで従わさせられがち。

子どものいない所で、勝手に子どものことを決められたり、ね。

でも、赤ちゃんを毎日見ていると、尊敬せざるをえないというか、本当に

毎日目を見張るばかりです。

昨日まで寝返れなかったのに、今日は寝返り、1週間後には腹ばいまで。。。

 

大人もすごいけど、子どもすごい。

というより人間ってすごい。生きている、それだけですごい!!

産前より外に出て何かをする機会はグンと減りましたが、

毎日そんな感動やささやかな幸せがあります。

 

本題に戻ります(笑)

 

私は先月、前の学校の卒業生に送るムービーメッセージで

「どんな進路を選んでも、自分らしくいられるようにいてください」

と伝えました。

 

他の先生たちが

「頑張ってください」という中で「自分らしく」と。

別にカッコつけたかったわけじゃありません(笑)

 

だって、みんな、子どもたちは頑張っているから。

もうすでに頑張って生きてきたよね。

頑張りすぎて、「自分」が分からなくなってしまってほしくないから。

「先生だった私」がかつてそうだったように。

 

母が、私の長所は「頑張り屋さん」だと小学生の頃教えてくれた。

正直、今も「頑張り屋さん」だと思っています(^_^;)

長所とも思いますが、短所でもあるかなと思います。

 

頑張ってもいい。

でも頑張りすぎると

「誰のために」「何のために」頑張っているのかが分からなくなる。

 

頑張ること自体を美化していないだろうか?

「自分」はちゃんと存在していますか?

これは私にいつも問いかけている。

問いかけたい。

 

「●●さん家の娘の私」

「●●学校の生徒の私」

「●●さん家の妻の私」

「●●さん家の母の私」

「●●学校の先生の私」

 

その立場として動かなければならないことはあるだろう。

頑張らなければならないことはあるだろう。

 

久しぶりに会った同僚の先生は私にこう言った。

自分の受け持った不登校の子どもについて。

スクールカウンセラーの先生には心理面でどう関わったらいいか

(専門的な)アドバイスをもらって、

しんかな先生(私)には、学校で対応できなくなったら、

多様な場の紹介とかが必要になったらアドバイスがほしい」

 

とても普通な、一般的な先生の回答だと思う。

何もおかしくない。

でも私はすごく寂しくなった。

 

子どものいない場所で頑張っていないか?

先生として頑張りすぎていないか?

学校で抱え込みすぎていないか?

子どもはどうしたいんだろうか?

視野が狭まっていないか?

 

寂しくなった一番の理由。

目の前の先生は、大人は「自分らしく」生きているだろうか?

本音と建て前。

しがらみ、いろんなものがいっぱい見えた気がした。

 

子どもは自分らしくない大人によって

自分らしさを失っていく。

 

スクールカウンセラーの先生が

「子どもはこう思っている」と上手に先生に言語化して伝えれば、

子どもは「そう思っていたのかな」と思うだろう。

 

私は「本質」の話をしているんだと思う。

何者でもない「自分」という立場で子どもを、人間を見たい。

 

前回の記事で、図書館に居場所を作ったという話をしたけど、

本当は「居場所」なんて物理的なものはいらない。なくてもいい。

私は先生を辞めたあと、少しの間だけフリースクールのスタッフをしていた。

けど気づいた。

居場所は誰かの心の中にある。

肩書きとか建て前とか捨てて、

一人の人間と向き合う、いや関わるだけでいい、ってことに。

 

合う、合わないはある。

自然に離れていく。

急に離れることもある。

関わるために距離感を知る。

 

自分らしくいてください、はいつも自分に言いたい。

 

子どもを一人の人間として見る②

「優しくなんてない、空気が読めないでもない」

 

ブログによく産後落ち込んだときがあったと書いているからか、

産後うつ大丈夫?」

「育児はうまくいかなくて当たり前だから」

と心配の声を頂くのですが、私は出産が予想外すぎて落ち込んだのであって、

育児うまくいかないーーー思ってたんと違う(;_;)は当たり前すぎて、

意外と元気にやっています。

もちろん、出産を受け止められずそのまま育児へと並行してしまうケースも

たくさんあると思います。

私の場合は、出産直前から、入院なんでやねん!毎日注射とかないわ。

産後は母子とも離れ離れ、

お腹痛すぎて笑えない咳できない、勝手にミルク与えられるetc 。

もういいわ、育児にこだわりなんて要らないわ!!

捨てる!!!!!!!!!

きっとこれもギフト。

私が超安産だったら、育児が思い通りに行くように頑張っていたと思いますが(笑)

 

さてさて。

中学校の先生時代の同僚と、先日久しぶりに会いました。

卒業生に卒業メッセージがほしいということでした。

先生たちからのサプライズでムービーでお届けするそうで、

近くのファミレスで撮影がてら、近況報告したのでした。

 

今、子育てしてますー

退職後は学校以外で学ぶ子どもたちに会いましたー

日本のフリースクールオルタナティブスクールを巡りましたー

市内で月1で居場所作りみたいなのもしていますー

 

というと同僚は

「しんかな先生、優しかったもんな」と。

何、私が優しい、だ?????

 

中学校の先生時代の私はどんなんだったっけ?

ちょっと振り返ってみる。

私は、新任の頃、市内で一番荒れた学校に赴任した。

一年目は、授業はほとんど聞いてない生徒ばかりだったし、

非行生徒の非行具合はすごかったし、

先生間もギスギスしていたし、とんでもなかった。

二年目からは担任を持ったりしたけど、

クラスをまとめるっていうのは難しい、向いてないーと思った。

 

それから数年後転勤。

市内でも最新の教育実践をしている中学校で

なぜか一年で一番大事な研究授業を私がやることになり、

しかも学級崩壊してる?自分のクラスで。

この年は、心身ともにかなり病んでいた。

 

そして転勤、今回会った同僚はこの中学校の先生。

私は2つの中学校を経験して最後の中学校では

考え方を変えた。

「教師としてどうあるべきか」にこだわっていたけど

「一人の人間としてどうありたいか」で生きよう、と。

 

私は、担任を持ちたくないと校長に伝えた。

副担任だから、自然と分掌(教科以外の学校の事務仕事etc 出張増える)も

多くなるけれど、自分にできるだけ会う仕事をした。

学校図書館がその一つで、本を整備したり選んだりは面倒臭いけれど、

本が好き、そうでもないような子どもが来たくなるように、

学校の先生が授業でもプライベートでも使いたくなるようにと。

休みの日に、図書館が素晴らしいという私立中学校を見学したこともあった。

新作の映画のリーフレットを図書館に貼るため映画館によく立ち寄っていた。

地域の学校司書さんと一緒に3年かけてつくった図書館は、

教室に居場所がない子どもたちの憩いの場になっていった。

ただ本を読むだけ。

ただぼーっとするだけ。

ただ私と話したいだけ。

教室では心あらずの子どもたちが、昼食後全力で走ってくるのだ。

廊下は走ってはいけないのに(爆笑)

 

図書館担当以外ではどうだったかと言うと。

教室や廊下でなんかあの子大丈夫かなーと思ったら、話しかけたり、

問題を起こし叱られた子どもの話を聞いたり、、、。

どの先生も心がけていることをしていました。

 

違うことといえば、

子どもが言うことでも最もだなーと思うことがあれば

「いいんちゃう」って言ったりしてたことかも。

例えば、非行少年少女が

「Youtuberになりたいねん」

って言ったら大抵の先生は

「勉強し。そんなん一部や」

っていうところを私は

「あ、そうなんやーへえー」

 

なんて言うと、

私は色んな先生が頑張ってくれているから言えるのであって

いいとこどりとか楽してると思う先生もいると思う。

いやいや、教師としてタテマエで接しないといけない瞬間は

毎日いっぱいあって、たとえば授業うるさいと注意しなあかんとかは

やっていました。

聞きたくなかったら聞かなくてもいいよーと心の中では思いつつ。

そのせいか普段から態度に出ていたところもありました。

 

そんな私を見抜き、

不快に思った先生に冷たくされたこともありました。

「空気が読めない」とも言われました。

そう言ってくる先生は「教師として〜」が口癖でした。

 

そんなかんだで自分のホンネとタテマエが違いすぎて

学校の先生を辞めたわけです。

※詳細はちょうど、去年の今頃

「学校の先生を辞めた理由」とブログに書いていたので良ければ読んでください。

 

退職してから、なんだかんだ連絡をとって会おうとしてくれる先生は

私のことを「優しい」とか「会うと落ち着く」とか言ってくれます。

 

不登校の子どもを持つお母さんが

「しんかなちゃんが校長だったら良かったのに」と言ってくれたこともあります。

 

でも私は別に優しくないし、癒し系(笑)でもないです。

学校に行ってない子どもに親切に接したこともなく、

むしろ私よりしっかりしているなと思ったぐらいです。

教師として頑張っていたときも「空気が読めない」と言われ空回りしていたし、

最後の中学校でも「空気が読めない」と言われました。

 

ただ私は、

「子どもを一人の人間として見る」を大事にしたかっただけなんです。

それだけだったなーと思います。

 

 

子どもを一人の人間として見る①

「してあげる、なんて傲慢」

 
現在4ヶ月になる我が子を育てていますが、
自分のやりたいことだってやりたいと思っています。
半年間で英語ペラペラになる💡は、

動機が家にいる主婦がなぜかペラペラになったらオモロイやろ~🎶

いう単純なもの。

 
たまたま私の周りが英語が達者な人(ワーホリや留学やら国際結婚やら)ばかりで、
なんで自分は喋れんねんやろ
(英語の成績はずっとよかったし、英会話教室も幼稚園から7年行ってた)
と以前から思っていたのもあります(笑)
 

勉強しなきゃ💦、義務になったら辞めちゃおうと考えています。

遊び、遊び~😆って思いながらやってます。

 
あとブログも少しずつ更新したいなと。
 
今日のテーマは「子どもを一人の人間として見る」。
そんなの当たり前でしょ、って思われるかもしれません。

が、大人って管理する、保護するっていう立場になると

そんな風に見られなくなるときが多々あるんじゃないかなと。

 
私の経験から考えてみます。
一つは我が子の妊娠、出産と日々の育児から。
二つ目は学校の先生時代から。
 
一つ目は、ブログにも散々書いてあるのですが、

私は妊娠中に子どもにとってベストな産まれ方(医療介入少ない出産)

を考えて、助産院に転院したり運動したりしましたが、

出産は予定日をかなり超過して医療介入バリバリ。

卵膜剥離➡破水➡促進剤➡陣痛➡帝王切開のフルコースでした💦
 
単純にお腹で大きくなりすぎていたことが原因だと思うのです。
素人だから何とも言えませんが、
これに関していえば今は落ち込んでいなくて、
むしろ出産までつわりもなくマイナートラブルなく育てられたこと
母体死亡率が10倍にはね上がる手術で出産し生還できた自分によう頑張ったと。。😭
 

我が子は、私の努力や気持ちを出産から裏切り(笑)、

日々の育児も乳児湿疹がめちゃひどくなり、

ステロイドを使いたくなかったのに

ステロイドを使わざるを得なくなったり、、、

時間がかなり空いたからと授乳をしようとしたら全力で泣かれて拒否されたり、
飲みたくなったら急に密着してきたり(笑)なんで今❓みたいな
 
よく思うのは、赤ちゃん、小さな人間であっても立派な一人の人間なんだなと。
いやなものはいやだし、意志がある。
私が大人が決めてあげなきゃと思いがちだけど、、、。
 

出産から、妊娠からかな。

私の身体は、宿り木みたいなもの。

産まれるまで身体を貸していただけで。

手術したくなかったし抗ってはみたけど、

最終受け入れるしかなかったなと。

我が子は、医療介入バリバリで産まれたかったし、
予定日と1週間後の台風の日は回避したくて2週間後の秋晴れを選んだ。
しかも家族が全員揃う土曜日。
 

だって、私じゃないもんね。

我が子の強い意志でその産まれ方になった。

私は、予想外の手術で産後めっちゃ落ち込んだ時期があったけど、
自分のせいだとか、こんな出産いやだーとか。

それって思い通りにできるって思っていたってことで。

子どもを一人の人間として見てなかったってこと。

見てなかったわけじゃないから、努力してたんだけど

空回っていたようで。

 

私はきっとこれからも振り回される。

いや、我が子を思い通りにしようとして、反発され、

あ、違う~ってなるんだと思います。

 

だったら

尊重してあげよう。

してあげる、なんて傲慢で。

 

信じるだけでいいってこと。

一人の人間として見るだけ。

 
育児マニュアル通りにしようなんて思わなくていい。
 

個性。

その子を見て考える。

 
こう言うと

私、大人ばかりが気をつかってるように見えますが、

赤ちゃんも私のことをめっちゃ考えてくれてるなと日々感じます。

私が何か集中したいとき、
ここぞという時寝てくれていたりします。

このブログ書いてる時とか(爆笑)。

 

The feeling ′s mutual.➡お互い様。

 
長くなってしまいました。

学校の先生時代のことは、また次回🎶

内容は、最近、現役の先生と喋ったよーで思ったことです。

 
 
 

 

確かに産まれたんだ〜帝王切開ママの会に行って〜

「受け取れる人だったから」

 

 

4ヶ月の我が子を連れて「帝王切開ママの会」に行ってきました。

しかし、その日に限ってギャン泣きで序盤、話が聞こえず。

でも参加者のベテランママさんに抱っこしてもらい爆睡。

さすがです、新米すぎるママは脱帽です(笑)

 

※そもそもなんで開くことにしたのか(知らない人は読んでください)

私自身が昨年秋に緊急帝王切開で出産したことから、

産後それで落ち込んだ時期がありました💦

今は前向きに育児を楽しんでいます✨

その事から、もしかしたら私みたいにモヤモヤしてる女性がいるかも。

帝王切開でなくても、自分の出産について話したい人がいるかも?

とある開業助産師さんに、モヤモヤがあると電話で相談をしているうちに

このような会を開こうとなりました。

プライパシーに関わる問題もあるので詳細はお話できませんが、

私が感じたことを今回書きます。

 

産後うつ

流産。

予定帝王切開

緊急帝王切開

切迫早産。

陣痛促進剤。

微弱陣痛。

不妊

無痛分娩。

超難産。

計画出産。etc

 
帝王切開ママだけでなく、会にはそうでないママもいました。
出産経験のないプレママも。

こんなにもあらゆるキーワードが出るとは思ってもいませんでした。

 
 
帝王切開したママは、

「女性としての喪失感(普通に産めない)」

「ママ友の間で出産の話になると口をつぐんでしまう」

 
持病のため計画出産(産前すごく頑張った)になったママは、

「産後のしんどさを想像していなかった」

 
プレママは、

「出産に対して怖いイメージがある」

 
皆さんそれぞれ何かしらモヤモヤを話してくれました。
帝王切開したママの気持ちは、
現在も今後も私が向き合うことがあるだろうなー
と感じました。
 
同時にこんなことも。
 

「新しい命が生まれる」ということはそれだけで尊いし、すごい。

でも生まれるのは命だけではない。

いろんな気持ちや、人間関係の変化があったりする。

新しい命は暮らしや思考だって変化させる、ということです。

 
これは、私が妊娠中に観た映画「うまれる」のテーマでした。
何組かのカップルが命を授かる。
産まれるまでにいろんなドラマがある。
 
中には出生前診断で胎児に染色体異常があると言われ、
長く生きられない命と分かった上で産んだ人たち。
 
中には長年の不妊治療で体外受精が成功(命を授かった)したものの
お腹の中で育たなかった(着床しなかった)人たち。
 
体外受精が成功した彼らは言う。

「育たなかったかもしれない。

でも私たちの中に確かに産まれたんだ」と。

(そんな感じのセリフでした)
 
私は、この会に偶然にも集まったママたちは、

今日のこの日を、

集まったみんなの話を受け取るべくして

受け取っていると感じました。

 

そして私の場合は、

我が子が帝王切開で生まれることを受け取れる人だったから

そうなったんだと思いました。

他の人たちも、

その出産を受け取れる人だったからそうなったんだと。

 

帝王切開じゃないと産めなかった。

促進剤を使わないと産めなかった。

計画的に妊娠しないと産めなかった。

流産を繰り返さないと産めなかった。じゃない。

受け取れないからそうなったんじゃない。

 
良い悪いのジャッジをするから、
安産じゃない私はダメだったんだ!!
医療介入した出産は努力不足だったんだ!とかなってしまうわけで。
 

本当は、よい悪いは無くて。

自分の身に起きること全ては良くなるようにできている。

最終的には。

 

受け取れなかったんじゃなくて、受け取れたから。

そう。

受け取れる人だったから。

 

受け取れたから、新しい命が産まれたから

この会に来たママたちにはそれぞれの今がある。

この日もまた何かを受け取って

それぞれの今へと歩いていく。

 

私は、もう多分このような会に行かなくても大丈夫。

帝王切開であったことを否定的に思わない。

(思う時もあるかもしれないけど)

 

ずっと前から、我が子が生まれてから気づいていたけど、

これでよかったのだ。

全部うまくいっている。

いろんなものが確かに産まれた。

私はそれを受け取れる人だった。

 

これからも生まれていく何かをただ受け取って行く。

大丈夫。

私は今もこれからも幸せで、前からも幸せだった。

 
 

とりあえず今日も生きています笑

この会を開いてくださった助産師さん、

参加者の皆さんありがとうございました。

何より、今の私を支えてくださる(った)

多くの人たちありがとうございます。

 

ちょっとスピュリチュアルっぽい思想かもしれないけど、

そんなこと知らない私が素直にそう感じています。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

本日、完璧なブログはやめた

「だらだらと思うことを書いてみた」

 

今日は、ランチ(爆笑)?にお友達といちごパフェ🍓を食べました。

その後は、月に1回の茶道へ🍵

4ヶ月の赤ちゃんを夫に預け、4時間ほどリフレッシュ🌟

一度にたくさん飲めるようになり、授乳の間隔が空くようになりました。

夫、いつもありがとう。

私に土日を作ってくれて(^-^)

もちろん交代制で留守番です。

 

来月末、土曜日に不登校のことでお話する機会をと、

仰っていただいています(ありがたい、やりますー!!)

が、場所が京都で、電車で1時間半🚇

往復3時間。

お話が1時間ほど。

5時間ほど夫に預けることになります。

(電車の遅延なく帰れれば)

 

赤ちゃん、我が子は哺乳瓶嫌いの母乳っ子。

来月から離乳食を始めるとしても、母乳はいつも通り。

やっぱり、連れて行くしかないのか。

桜の観光シーズンの京都に遠出していいものか🌸

夫についてきてもらえるよう頼むか、、、

5時間、長くみて6時間も授乳しないってむずかしいのでは

車で送迎(私だけ)は、逆に電車より遅い可能性もあるしなー🚙

 

今の所、一時保育は6ヶ月過ぎないと(認可保育園は)ダメだし、

そもそもミルクのめない時点で問題外。。。

紙コップ授乳も泣かれ、、、

 

今後、状況によっては預けることも考えて

哺乳瓶の練習しようかなーと3ヶ月検診で保健師さんやお医者さんに相談しました。

 

すると、

今さら哺乳瓶は乳頭混乱するかも?、

カップ授乳か離乳食練習かねてスプーン授乳は?

離乳食始まるし、卒乳まで待とう。

長時間のお出かけのさいは連れて行くしかないねとのこと。

 

と、預ける先は現在夫のみ。

と、最近は外気浴として、

平日は近所もしくは休憩はさみつつ30分〜の移動なら

抱っこでお出かけです🌞

今は親子カフェも少しずつできてきたしランチも可能。

 

2人目、3人目なら言わずもがな、上の子のお迎えやらで遠出なんて普通。

1人目だし、インフルエンザ流行してるから心配とか、

 

制限かけているのは私だけなんでしょうけど(^_^;)

 

自分ぐらい大切な、自分以上に大切な存在。

一人の小さな人間と、どうやって暮らしていこうか。

夫婦2人の時との暮らし方とはまた違う。

 

外出先でもできるよう、授乳ケープ使っての縦抱き授乳は家で練習中🏠

赤ちゃん預けて夫と2人でデート(外食)はまだ先の話としても

春に3人でお花見、ピクニックぐらい🌸はしたいな。

 

育児不慣れなので、少しずつ少しずつ笑

うん、できるよ。

来月末連れて行くか行かないかは考え中です。

 

どうなんでしょう?

意見求むーーーーーーーー