☆しんかなのブログ☆

元学校の先生、無職、そして母になる。〜世の中への社会研究〜

不安は作れる!

子育ては「センス」らしいよ

「子育てをパニック状態でやっている人がほとんど。

子育てはスキルというより、センスだと思う。

けどセンスを磨く機会をほとんどの人が持ててないなあ」

とある人は私に言った。

 

その人は3人子どもがいるが、夜泣きがひどくて困ったり、

公共の場でグズったり etcと子育てで困ったということが3人ともないらしい。

職業が子育てのプロというわけでもない、食品関係の仕事をする一般人である。

厳しく叱りつけてるんじゃないの? たまたま大人しい子どもなんじゃないの?

子どもと会ったけれど、特に街で見かける子どもと変わらない。

聞いてみても、どうやら、特別なことは何もしていないみたいです。

 

「あれれ〜おっかしいーぞ(コナンくん風)」

 

ご存知でない方もご存知の方も、私は現在妊娠中で初めての経験なわけであります。

自分の身体が今後どう変わっていくかも想像がつかないし、

親になって子どもを育てられる自信も特にないという状態です。

 

最近、第1子を出産した友人が私が「不安」だと思い、気遣って会いに来てくれました。せっかくなので気になることを色々質問してみました。

でも、私の質問内容が彼女の中では

「なんだ、意外と「不安」に感じてないなんだな(私は)」

と思ったようでした。

初めての出産はわからないことだらけなので、私は「不安」は持っているはずです。

きっと、「不安」に感じるポイントが彼女の以前のそれとは違ったんでしょう。

 

彼女と別れた後、そういえば同じようなことを前も言われたなーと思い出しました。

これまた別の出産経験のない友人ですが、

友人    「初めての出産のわりには「覚悟」があるね」

心の私「「覚悟」?そんな立派なものあるわけないだろうが(笑)」

もしかして私って何も考えてないのかもなあ。いや、そんなことはないですよ。

 

赤ちゃんの命に関しては、私が日常できる範囲で食事や生活を気をつけようとは努力はしています。けれど、無事産まれてくるか、大人になるまで育ってくれるかというのは

私が決められることでないなとは、ずっと感じています。

赤ちゃんの命は、赤ちゃん自身が最終決めるんだと思っています。

それこそ、運命というのか。死ぬときは死ぬし、生きるときは生きる。

(絶対に赤ちゃんが死んだら泣きますけど)

もちろん、私やお医者さんが命の灯火を消さない選択はできるとは思います。

これって「覚悟」なんでしょうか? 生きてくれることを諦めているわけでもなく。

 

よくある出産の痛みの「不安」も今はあまりないです。

20代の頃に、「象に踏まれる痛さ」「スイカが鼻の穴から出てくる痛さ」 etcと

聞きすぎたせいか、痛いのは仕方ないし個人差があるだろうと、

痛さレベルが麻痺しているのかもしれません(笑)

 

「「不安」なことないの?あるでしょ?教えて」と、もし聞かれまくったら?

・ベビーグッズを新品で揃えたら、結構な額がかかるから無理

・教員免許あるけど、出産後免許更新していないから「講師」になれない

(学校の先生としては仕事ができない←そもそも戻る気あるのかという 笑)

・乳飲み子抱えて離婚したら、職もないし、頼るところがないし、お金もない

(私の実家は離婚による出戻りは許さない、援助もしない家です 泣)etc

 

あげればキリがないし、いくらでも「不安」は作れます。

「CanCan」でエビちゃんがいう「可愛いは作れる」みたいに。

 

とりあえず私が周りから見て「不安」がないように見えるのは、自己分析によると

・目の前のことしか考えていない、先が読めないのでその時対応しようとしているから

(楽観主義であり現実主義であり無知とも言えるのかも)

・「お産が楽しい」「子育てが面白い」というママの話を聞く機会が増えたから

(逆のことも聞きますが、どちらの話も聞ける機会があるのは貴重)

・仕事を辞めて、いろんな人や世界に出会って、自分と日々向き合っているから

 

どれも正解だと思います。

今の時点で妊娠・出産・子育てで、本当に本当に「不安」なことは

「自分が自分でわからなくなること」です。

最初の話に戻ると、「子育てはセンス」だっていうことです。

子育てもしたことにない私にテクニックや、まさか「センス」なんてあるわけないし、

子どもが見せてくれるものすべてがわからないから絶対戸惑うと思うんですが何でしょう。自分を失いたくないないなと。

 

それこそ、私が学校の先生をしていた頃、自分の信念を貫けばいいはずなのに、

人の目を勝手に気にして疲れてしまったようには、なりたくないなという。

だから毎日色々考えています。今日は白米か玄米かという、とりとめもないような選択から私はどうしたいんだろう、何がしたいんだろうと。ファーストフードを食べて、

お腹を下した日(一種のつわり?)は、赤ちゃんは食べたくないものだったのかなとか。本を読んだり、話を聞いたりしていいな、違うなと思ったりと。

日々直感を磨いている感じです。

恵まれているのか、私には肩書きや収入がない分そうする時間は多くあります。

 

これが、あの人がいう「センス」なのかは分かりませんが(笑)

見当違いなんだろうか。

ああでもそうだったらいいな。

そんなことを考えながら毎日、色んな場所で満開の桜を見上げながら

「来年も一緒に見れたらいいな」と抱けない我が子に話しかけてみたりして。