☆しんかなのブログ☆

元学校の先生、無職、そして母になる。〜世の中への社会研究〜

子どもと遊ぶ旅から

「認められないからしんどい」という壁

今日から新年度ですね。

せっかくの節目なので昨年度を振り返って考えをまとめます。

夜にブログを書くほうが頭が冴えるので、夜派だったのですが

就寝前に目がチカチカしちゃうので日中に書くことにします。

一応妊婦だし、体のことを考えないと^^;

 

退職してからは4月からフリースクール?で夏まで働いて(非常勤みたいな扱い)、

9月からは、アルバイトをしながら、

子どもと遊ぶ活動をしている2人組と一緒に近畿を中心に転々と活動したり、

自分の興味の幅を掘り下げるためボランティアをしたり、会いたい人に会いに一人で全国転々と旅していました。大体を年末まで続けていました。

 

 

今回はその2人組と遊ぶ旅を通して現在まで感じてることなどを中心に綴ります。

 

まず、

大人が対等に「子どもと遊ぶ」って難しいよってことです(笑)

例の2人組は、上手にというか自然体でケンカしたりゲームしたりしていましたが、

私はただその空間に「一緒にいる」だけでした(笑)

みんなと遊んでいても不安がぐるぐる。眺めていても不安ぐるぐる。魔法陣グルグル

 

何かしたほうがいいかな」←これ、大人の悪い癖!先生あるある!

「必要とされていないなあ」←私の評価されなきゃ不安病が発動

「何も生み出してない」←そもそも自分で判断することではない

「いなくてもいいんじゃないか」←別にどの人もいなくても同じ

 

私、ゲーム好きじゃないしなあ。やっても弱いから面白くないし。

体力ないから走ったりとかしんどいしなあ。

今話したいテーマ、その相手は、目の前の子どもじゃないんだよね。と、

遊びのプロの2人組に毎回嫉妬しながら(笑)、

私は白旗をあげました。

 

「いいや、私は遊びたくなったら遊ぶ」

「というより今はママやパパ(大人)と話したいんだもん」

「テレビ見ながらおしゃべりとか料理しながらおしゃべりとかならしたいけど」

「好きな本や映画の意見交換がしたい。芸能人でもいいけど」

「私が無理しないことが私にとって「対等に遊ぶ」だから」

 

「鬼ごっこはやりたくないー砂いじりして見てるー」っていう子どもいますよね。

自分が子どもの頃、そんなこと言う友達いましたよね一人くらいは。

まさしくそんな感じです、私は。

小学校の時、先生に「20分休みは外で遊べー」と言われても一部ポツポツ教室にいる

子どもと思ってもらえればわかりやすいかなと。

あと、大人の無意識の中で、集団で遊ぶ子どもが◎(大変よくできました)で、

一人で遊ぶ子どもは△(努力しよう)っていう考えを学校教育の中で刷り込まれているだけで、いろんな遊び方、過ごし方があっていいんですよね多分。人間関係のトラブルで一人の可能性もあるかもですが、一人でいたい気分が長く続いているのかもしれないですし。

 

2人組も遊ぶのに気が乗らない時は、ゴロゴロして子どもに「遊びたくない」と言っているときもあります。

それこそ「遊んであげる」じゃなく「対等に遊ぶ」だと思います。

私も子どもと遊ベていないと言っていますが、しゃべるし交流も自然とあるし、気が向けば鬼ごっこでも何でもするし、

「だめだーここにいる意味がない」と卑下することもないかなと今は思えるようになりました。

 

昨年の旅の最中は、「だめだー私」だったんですが、

今年に入って2人組とカフェのオーナーさんと共に月1で

「誰もが自分のままで居られる居場所」を始めたおかげで徐々に、

「私は私のペースでいい」「日々過ごしたいように過ごそう」

とかなり楽になってきました。

 

年齢的なもの、時期的なものもあるのか、最近子どもを産んだママたちから

「子どもと遊ぶ限界」というものをよく聞きます。

内容は人それぞれで、まとめるのは難しいですが

「子どもと家で2人でいるのが辛い。可愛いけど話が通じないしイライラする」

「上手に遊んであげられない」

「家での子育てはお金ももらえないし、頑張っても評価してもらえない」

「仕事してるほうが楽だし、両立は大変だけど、まだ子どもと楽に向き合える」

 

そうだよなー私も子どもを産んだらそう思うんだろうなあと思いながら聞いています。

「母親」なんだから「対等に遊ぶ」のは無理なんだろうな。

子どもができないことを助けつつ遊ぶの両立。

しかもやって当たり前という世間の風潮。親なんだからという。

「おしゃれしたい」「友達とカフェに行っておしゃべりしたい」

「一日でいいからゴロゴロしたい」という願い、葛藤。

叶えられないことはないけれど、片親だけの負担、夫婦間だけの負担になりがち。

実家が近かったり頼るところがあればいいけれど。。。

行政にお任せもありだろうけど。頻繁には無理だろうし。

 

もし

「ああ、子どもにイライラするなんて、自分が遊びたいなんてダメな親だ」

→「でも子どもを預けたり、悩みを共有できるところがない あるけど限界が」

→「働きに行って保育園に預けよう」

→悩み解決(でも両立が大変 子どもとの時間が減る 解決ではない)

という思考回路になってしまうなら、それは何だか悲しいなと感じていて。

全員のママがそうじゃなく仕事が好きとか前向きな人もいるだろうけれど。

 

自分が自分で「認められないからしんどい」

自分が周りから「認められないからしんどい」

という壁が見え隠れしている気がして。

 

そうだ。私は今から白旗をあげておきます。

一人で子育てなんて無理です。日中2人きりの日々は辛いです。

夫婦だけで子育ても無理です。

助けてください。できるだけたくさんの人で。

よろしくお願いします。

 

できない自分を認めます。

決して努力しないわけではありません。

 

それにしても少子化なのに子育ての負担が増えているのは

核家族だからなんでしょうか?

個人主義だから?プライバシーへの配慮?

「地域で子どもを育てよう」とかよく小学校の前に標語が掲げられた看板が

あったりしますが中身が伴っていないですよねなんか。

子育てが「孤育て」になってしまっているなあ。

 

子どもと遊ぶ大人、関わろうとする大人(もちろん子どもも)が

たくさんいて

「子育て」「子育ち」をしてくれたら楽になるのになあ。

「遊んであげる」じゃなくて自発的な思いで一緒にいてくれる親以外の存在がほしいなあ