☆しんかなのブログ☆

元学校の先生、無職、そして母になる。〜世の中への社会研究〜

関東の居場所を巡る旅①

「今、君が生きているだけで素敵なんだよ」

 

学校の先生を辞めた後、子どもの「学校外の育ちと学びの場」に興味があった私は

フリースクールやデモクラティックスクール、不登校の子どもたちの親が開く遊び場に顔を出すようになっていました。初めは近畿中心だったのですが、九州や関東方面にも出向くようになりました。

 

今回は、神奈川県川崎市の「フリースペースえん」のお話です。

「えん」は公設民営の「学校外の育ちと学びの場」です。

不登校やひきこもりの子ども達が通うことができます(無料登録制)

 

川崎市子どもの権利条例第27条には

「子どもには、ありのままの自分でいる居場所が必要であり、市は居場所の確保と存続に努める」とあります。「えん」は25年以上前に始まった子ども達の居場所です。

 

私は、ここの理事長である西野博之さんの本を読み、

彼の「全ての子どもを受け入れる温かいまなざし」に強く感銘を受けました。

そこで月に1回ある「えん」の説明会に参加し理念や思いを聞き、終わった後に少し話す時間をとってもらうことにしました。

 

ここから当時のノートの箇条書きです。

 

基本理念 どんな場か

・自己肯定感を育む

・「生きている」ただそれだけで祝福される場

・子どもの「いのち」を真ん中に

・日々の「くらし」を大切に

 

具体的には

・自分の責任で自由に遊ぶ

・主体を取り戻す

・安心して失敗できる環境づくり

・遊びを通して人間関係を育む

・まったりと過ごす~何もしない~

・いろんな表現の形を知る

・自分のペースで学ぶ

 

大人の目線として大事なこと

・「将来どうなる?」の脅しはやめよう

発達障害=1つの文化

(子どもを変えようとするのではなく、楽しく一緒に過ごせるスキルを見つける)

・「不登校は意味のあること」

・少人数との関わりでも「社会性」は身につく(信じられる人がいるかが大切)

 

公の学校(公教育)について

人工知能AI)が人間を超える時代

不登校、いじめ、子ども間の暴力行為(学校に適応できない子ども)の増加

 

既存の学校システム、一人一人の学びを捉え直す必要性 

 

ということを説明会で話していました(個人で話した内容は短時間だったため割愛)

中でも「生きているだけで素敵なんだよ」との発言には、

思わずうるっときてしまいました(笑)

 

大人はどうして子どもに

「あれもできなきゃ」「こんなのもできないの?」

「やればできる」と、その子の持っている良さは分かっているのに、それ以上を求めて傷つけてしまうんだろう。

 

それが、いつの間にか自分自身で「できない自分はダメだ」と追い込んでしまうことになるのに。個人のペースよりも、周りのペースに合わせることを優先して生き急がせてしまう。

 

西野さん、彼の話していた「えん」の理念や思いは、これまで私が学校の先生を通して感じてきたこと、今まで見てきたフリースクールやデモクラティックスクール設立の原点だなーと思いました。

 

公教育の、不登校やいじめ、暴力の増加は現場の先生からすると

「数値が増えたのは細かく集計しているから」という回答が大体返ってきます。

私もその辺の事情はよく分かります。

 

いじめのことを言うならば、「いじめアンケート」というものを大体学期ごとにクラスの子どもから集計しているのですが(都道府県によって違うかも)、

そこに「こんなことされた」とあればささやかな事でも「いじめ」になります。

また今は「相手がいじめだと見なせばいじめ」という定義の時代なので増えるという

背景は、アンケートをとる以前に比べればあるとは思います。

逆に集計する学校の方針によって、カウントするかしないかも多少はあるとは思うので、減っている学校もあるとは思います。

 

実際、現場では担任の先生が昼食を取らないで、昼食時間にクラスの子どもの人間関係を観察していたり(グループに変化がないか)、休み時間や授業中(空き時間)に

廊下でそれらを観察している先生もいて、「早期発見・早期対応」はしているとは

感じます。私もそんなことをしている時期がありました。

 

だから「数値が増えている」と国やフリースクールが訴えたところで、

現場の先生が「だって」と言い返したくなるのはよく分かります。

だって、学校の先生は既存の学校システムの中でやれる事はやってるんだから。

 

「既存の学校システムの限界」。

でもやっぱりこれが今の学校にはあると思います。

一人一人を大切にする、一人一人のペースに合った学びができる学校。

一人一人の居場所がある学校。

 

横並びで一緒の学校は、合う子どもには合うけれど合わない子どもだっている。

今の公教育が絶対悪じゃない。

私も公教育育ちだけど、楽しいこともいっぱいありました。

ただ合わない子どもだっているということ。

不登校」は治さないといけないことではない。

治そう、学校に戻そう、みんな子どもは一緒の場所がいいと考えるから

不登校問題」になってしまう。

だからこそ、

さまざまな子どもの学びに合った居場所は必要ではないでしょうか。

公教育だけで頑張る(背負う)必要はないんじゃないでしょうか。

 

 

「フリースペースえん」は、西野さんは

生きる原点を教えてくれる素敵な居場所でした。

 

何かで傷ついてしまった子ども、かつては子どもだった大人に

「今、君が生きているだけで素敵なんだよ」

と誰かが伝えるだけで、どんなに心が救われるでしょうか。

 

YOUTUBEで「えん」の特集を見つけたので貼っておきます。

 


「今、学校に行きづらいあなたへ」少しだけ僕の話をきいてほしい 2017/09/05 Tue.