☆しんかなのブログ☆

元学校の先生、無職、そして母になる。〜世の中への社会研究〜

郷愁というものは厄介なもの?

「高い塀の上の四角な空を眺める感覚」

 (魯迅「故郷」本文より抜粋)

 
実家の最寄り駅に彼がヒロインを車で迎えに来る。
長くまっすぐに伸びた○○号線。
車が彼女の勤め先(紳士服量販店)の前を通る。
この通りの先には彼女の通っていた高校がある。
デートの目的地もこの先だ。
 

--ああ自分の人生は、この通りで完結するのか。

どこにも行けなかったんじゃない、行かなかったんだ。

 
ある映画のヒロインの描写。
 

たまに実家に帰ったときに、

同じような感覚、郷愁、窮屈さ、閉塞感を感じる。

駅から実家まで歩く道中、放課後遊んだスーパー、何年も通った英会話教室
お小遣いを握りしめ通った駄菓子屋、今でも変わらない場所を眺める。
すっかり新しく生まれ変わってしまった場所も、思い出にある風景をイメージしてみる。
 
自分は、あのヒロインほど、一つの通りだけで人生を集約されるほど、
行動は制限されてはいないと思う。
 
けれど実家は不思議だ。
実家というか、育った場所というか。

凝縮されてるな、と。

これまでのいろんなものが。

思い込みすぎかな。
 

ずっとここにいてもいいし、

たまに戻ってもいいし、もう戻らなくてもいいのかもね。

 
懐かしの場所や人たちに、後ろ髪を引かれる思いは断ち切って
チャンスの神様の前髪だけ追いかけ続けるのもありだしね。