☆しんかなのブログ☆

元学校の先生、無職、そして母になる。〜世の中への社会研究〜

先生と生徒の恋愛の歌から考える

「問題になるものから逃げる」

 

最近AKB48の新曲「teacher teacher 」(総選挙投票権シングル)を出しました。

また、真面目なアイドル論か? と思われた方、違いますよ。

今日はこれをネタに話を膨らませます🎈

そう、この新曲の歌詞がちょっとネットなんかで物議を醸しているみたいです。

(私は、アイドル好きですが、近年のAKBのシングル曲は売れるから

キャッチーにしてればいいでしょ、っていうのが好きじゃないです)

 

どんな歌詞かというと、内容を要約すると、

「街中で先生を見かけた 男性なんだなと意識した 

私は噂をされても構わない 

話しかけようとしたら先生は微笑んで逃げ腰 

なぜ生徒は恋愛対象外? 私が愛について教えてあげる」

女子生徒が先生を恋愛対象に思っているけど、先生はプライベートで関わる、

恋愛はゴメンだからというのが、イメージできる歌詞です。

そのまんま受けとれば。

先生というのは、学校だけでなく塾や習い事も含むと考えられますね。

 

これが、ネットなんかで

「先生と生徒は対等なわけがない」

未成年、生徒を性的に見ろって意味か」

国によっては規制レベル」などなど

ダンスが韓流チックな生足露出の腰フリダンスだから余計に叩かれまくっています。

あえてYouTubeは貼りません(笑)

 

私の見解

①「セーラー服を脱がさないで」の秋元康だから別に驚きはしない 表現の自由かな 受け取り手の解釈次第で賛否両論あるだろうな。

 

②「先生と生徒の恋愛」なんてドラマや小説の世界(「高校教師」「魔女の条件」) 

学校で働いていた時にはそんな話、体験したことも聞いたこともない。 

 

③風の便りで自分が卒業後、実は(学校や塾の)先生と同級生が結婚したとか聞く。

ニュースで先生の不祥事として取り上げられるからあるんだろうな。

 

と、恋愛対象云々の話は、「犬夜叉」「おおかみこどもと雨と雪」みたいに動物(妖怪)と人間の恋愛のアニメが現代にもあるように、日本には古来の絵巻物からも人間を超えた恋愛対象が描かれています。国の土壌としては恋愛は自由な雰囲気はあるとは思う。マネキンと恋愛する人もいるし。これは極端すぎる例かもですが。

 

はい、ここからが本題です。別に恋愛の話をしたいわけではありません。

きっと秋元康のことだから、歌詞のそのまま言いたいわけじゃないと思うんですよね。私はちょい深読みしたい人です✨できてるかはわかりませんが。

「大人は問題になるものから逃げる」と言いたいんじゃないかなと。

 

プライベートで生徒と関わるとややこしい→何があれば先生が悪くなるの図式はよく分かります。学校だけの付き合いにしたほうが楽です。

しかし、それってかなり表面的な人間関係では? いや、それでいいのか? 

ビジネスライクを学ぶのが学校や塾、大人と子どもの交流なのか?

 

そもそも「先生と生徒は対等じゃない」のでしょうか? 

よく学校でですけど、生徒が先生にタメ口や暴言を吐いたりした場合、

先生に対して尊敬の念が欠けてる」なんて指導をしたりしますが、

生徒だって尊敬する対象外もいるのではないでしょうか? 

そこに自由はないのか。尊敬すべき、されるべきが前提にあるんでしょうね。

 

私は生徒の頃、先生を尊敬するという概念は持ち合わせていませんでした。

敬語で話していたし、挨拶もする生徒でしたが。表面的に尊敬していたというのか。

そういう私みたいな従っているフリだけをしている生徒って、一定数いると思います。

(だからこそ、先生がいざ困っていても助けることはないんだろうな)

尊敬でなく先生に対して

「良く評価してほしい」=「ひいきされたい」という気持ちは

ずっとありました(笑)

全然ひいきされない生徒でしたが。

先生は評価や指導できる立場にあるということは、やはり対等ではないですよね。

 

歌詞を突き詰めていくと

「生身の人間と向き合っているのか」

を問われているのかなと。

ただ、いろいろ問題意識として捉えると、大人の社会生活がストップしてしまいます。

学校って今のままでいいのか」「子どもは未熟と捉えるのは大人の都合か」etc

 

できあがった、すでに動き出しているものに流れを任せているほうが楽です。

ましてや「生徒は恋愛対象外?」なんて考えないほうがスムーズです。

タブーな質問です。

 

ブログを書けば書くほど、私はもう先生に戻れない気がします。

頭がフル稼働してしまっている。いわゆる余計なことに。

思考停止が必要不可欠。