☆しんかなのブログ☆

元学校の先生、無職、そして母になる。〜世の中への社会研究〜

水より濃い血の話をしよう

「私はどこから来たのか?」

 

昔々、私は小さい頃、親に「川で拾ってきた」と言われ、

私は川産まれ」だと信じていました。

あとから産まれたきょうだいは、病院に会いに行ったから「病院だ」と思っていて、
なんせお腹が大きくなる過程を見ているから、移動したのかと理解しました(笑)
 
もう少し成長して、おしべとめしべの話を知り、
元々はお腹産まれということを理解しました。
と、今日は赤ちゃんの作り方の話ではありません。水よりも濃い血の話です。
そんなにヘビーな話でもないつもりです。
いつも通り、私の勝手な解釈、問答です。
 

血がつながっていること。実の子どもであること。実の親であること。

それって、子どもは気にするところなのかなあ?

大人が気にしすぎて、子どもも気にするようになるんじゃないかなあ。

と考えてみた。

 
小学校の頃、すごく好きだった30分昼ドラマ、「永遠の1/2」
(多岐川裕美、小沢真珠が出演)
あれは、同じ病院で同じ日に産まれた女の子の話。
二人が、浮気がバレないように1人の母によって入れ替えられる。
たまたま血液型が父親と違った(同じだった)だけで人生を交換された二人。
数奇な運命をたどり、二人は出逢う。
 
誰しもでもないかもしれないけれど、自分のルーツは気になるときがある。
私自身、先祖をたどれば、誰に行き着くのか調べてみたことはある。
家系図も何にもないので、祖父母の言い伝えくらいや、お墓の名前を見るしかなく
曾祖父母くらいまでしか分からなかった。
歴史上の○○の家来だったとかインチキくさい話は信じられないし、
結局何者でもいいのか、今生きてることが現実だしという気持ちになった(笑)
 

でも、育った家の人たちが、私を育ててくれたのだから

彼らが大切にしてきたものは、大げさな伝統とかはなくても、

次世代に伝えるだけはしたいとは思う。

(伝わるかは知らんけど)
 
話は戻って、入れ替わった女の子、小沢真珠が自分のルーツが気になり調べ出し、
育ての母が実の母でないと気づきます。もう1人の女の子も気づきます。
互いに実の母、家族に会いにいきます。
そして、、、、結末は忘れました(笑)
 
ちょうど、この時期、生き別れた実の親に会いにいく番組が流行っていました。
スタジオで実の親子が再会すると、毎回徳◯さんが号泣するという。
 
それを家で観る度、親が

「育ての親より、産みの親。せつないねー「血」なんだね」と。

(ますます、私=「川産まれ」説高まる)

 
その時、私ときょうだいで

「産みの親より育ての親だよ、子どもは。一緒に時間を過ごすのが大事」

育った家庭がぐちゃぐちゃだったら、違うかもだけどね」

なんて話してました。
 

子どもは、その人(親)とどんな関わり方をしたかが重要だと思います。

ステップファミリーも、血がつながっていないからじゃなくて、
どんな風に関わっていくか、人間関係を築いていくかなんだろうな。
 

大人になってから、いろんなところですごく感じる。

ああ、大人は「血」なんだなと。

極端な物言いをしてるみたいですが。

身近なことでいうと、戸籍とか。法律とか、介護とか。

血といっても、いがみ合っていたり、「心」がなく「形」だけなら嫌だ。

子どもは、そういうことに敏感だと思う。

 
子どもの頃、別に「川産まれ」でもいいかなあと思っていました。
「病院産まれ」のきょうだいと差別されることもなかったし。
それはそれで良し、みたいな(笑)
きれいな川で拾われていてほしいなーとか。
 
そういえば、小さな子どもがいる友人が、
あの子は自分が産んだけど、自分の子どもじゃない」
小さな同居人、存在が大きいけど」みたいなことを言っていて、
なんか素敵だなと感じたことがありました。
 
夏川りみがカバーした「童神(わらびがみ)」三線で弾けることが
一つの目標なんてすが、その歌詞を一部要約すると、

子どもは天からの恵み、守り育てましょう」とありました。

ははーん、そうだったのか、子どもは神だったのか😨

 

さて、皆さんに質問です。

「私はどこから来たの?」と子どもに聞かれたら、どう答えますか?