☆しんかなのブログ☆

元学校の先生、無職、そして母になる。〜世の中への社会研究〜

デモクラティックスクールの子どもたちと出会って

「平等ではないけど対等(フラット)な関係」

結婚してからか、仕事を辞めてからか、妊娠してからか。

私は「男女平等の「平等」ってないな」と考えるようになった。

 

現実、子どもを産んで、男性と同じように仕事をバリバリし出世を目指すのは難しい。

いや、できないことはないけれど、身体的に拘束されてしまう時期はある。

システムや条件が揃えばできるのだけれど、男性と同じような道が社会的成功で価値があり、家庭で育児をすることが価値がないわけではない。

男性と女性は違う生き物だと(男女関係なく皆違うけれど)私は考えるからそう思うのですが。

 

例えば、ある夫婦がいた。

妻が仕事を辞め、2年間専業主婦(妊娠期間含む)だった。

2年後、妻が正社員で働き出した。夫は仕事を辞めて妻にこう言った。

「2年間外で働いてなかった分2年間働いてな、男女平等だよ」

例えが極端ですが、

私は「平等を意識しすぎる必要はない」のではと考えている。

 

とはいえ、アラサー世代、男女平等機会均等法成立の後に育った人たちは

知らぬ間に「男女平等」を妙に意識しなければならなくなっている気はする。

社会から、学校から、いろんなところで刷り込まれている。

だから、この例えのような夫婦(会話)は存在するとは思う。

いい悪いという話ではなく。

私が超フェミニストというわけでもなく。

男の人だから一生働け、女の人は子は産め、というこだわりもなく。

 

そう、人間関係において「平等」というのは常にはないということ。

徒競走をして全員速さが1位という結果はない(結果の平等)

株式会社の株主と平社員が、会社に口出しできる権利は平等じゃない。

(立場の平等)                        など

 

養育する保護者、親と養育される子どもも立場は平等じゃないと思う。

親が転勤になった場合、子どもは行きたくなくても転校する可能性は高い。

でも子どもが親に「行きたくない」、親がそんな子どもの声に耳を傾ける、

家族で話し合いができる「対等な関係」にはなれるのではないか?

人間関係、家庭をフラットにすることはできるはずだ。

 

親がゲームを禁止にしたいから子どもに禁止を命じる。

子どもは親が仕事で帰ってくるまで隠れてゲームをし、帰ってきたら急いで隠す。

「勉強の本を読んでたんだ」と嘘をつく子ども。

「そう、よかった。ご褒美にお小遣いあげるね」と騙される親。

 

子どもは親に従うもの。

親は子どもを従わせるもの。

 

私が育った実家は、すごく厳しい教育一家ではなかったけれど、

親が嫌がること(門限を破る、宿題をしない、友達と遊ばないで一人で遊ぶ)を

自分がしたら怒られる、悲しませたくないという気持ちは常にあって、

嘘をついてしまったことは何回でもある。

「お腹が痛くて宿題ができなかったんだ」とか。

「○○ちゃん、遊ぶ予定だったけど急に家の用事でダメだった」とか。

(本当はケンカして遊びたくなかった)

親の言うことは聞くもの。育ててもらってるんだから。

それが普通だと思っていた。

反抗はするし、話し合いしたこともあるけれど。

 

先生の仕事を辞めて、日本の2つのデモクラティックスクールに研修に行った。

http://democratic-school.net(デモクラティックスクールとは?)

そこで出会った子どもたちと話していて感じた印象は

「自分の思っていること感じていることを主張できる」だった。

自分勝手にではなく。

初対面の大人に物怖じしない。落ち着いていて大人っぽい。

「相手の話を理解しようとしている」だった。

 

公教育の学校の子どもたち、私が先生だった立場の時に見た子どもの印象は、

「相手の顔色や立場を伺って主張できる」だった。

常に子ども自身が周り(置かれた状況)から浮かないよう気を遣う。

従える先生には話を聞いたふり。従わなくてもいい先生にはそっぽを向く。

 

※デモクラティックスクールだから学校だからと完璧には分けられません。

個人差はあります。極端に言うとと、いうより傾向としてあるということです。

 

「自分の思っていること感じていることを主張できる」

「相手の話を理解しようとしている」というのは

どんな学校だからではなく、子どもたちが育つ土壌(主に家庭)が

フラットかフラットでないかが関係があるように私は感じている。

 

普段から自分の話を聞いてもらえるか。

失敗してもどんな自分でも受け止めてもらえるか。

逆も然りで、子どもである自分も周りにそうできているか。

 

デモクラティックスクールの子どもたちの家庭が全員そうではないかもしれないが。

(スクールだけフラット)

 

私は夫婦関係、パートナーシップもフラットな関係を築きたいと思う。

友達関係でも職場における人間関係でも。

理想論ではなく。

 

家庭というもの。

学校というもの。

仕事というもの。

私は「自分の思っていること感じていることを主張できる」場というより、

「相手の顔色や立場を伺って主張できる」場だと長年思い込んできたので、

(違和感はずっとあったけれど、諦めるしかないと思っていた)

デモクラティックスクールを知った時、子どもたちと会った時に

結構びっくりしたのでした(笑)

 

価値観がひっくり返りました。

「なんだ、自分に嘘をつかなくてよかったんだ」って(^ ^)