☆しんかなのブログ☆

元学校の先生、無職、そして母になる。〜世の中への社会研究〜

レールから外れて「学びが分断される」を実感

「チャイムまでにできないといけない評価」

 

ある学校が合わない(選ばない)子どもが言った言葉。

「学校はチャイムがあるから嫌いだ」と。

図工で絵を描いていても、終了のチャイムがなれば算数。

もうちょっと描きたいんだけど。

いいところなんだけど辞めなきゃいけない。

「邪魔しないでほしい」と。

 

時間内にできないものは能力不足。

努力が足りない。

周りからの評価は低くなる。

それが学校のルールだし、会社のルール。

そして家でのルールになり、自分のルールになっている。

 

やらされていることなら、最後までできなくたって諦めがつく。

でもやりたいことだったら、途中で辞めたくないのにな。

どちらにせよ、チャイム終了、期限までにできなかったら、

自分という人間はダメなんだと自信がなくなってくる。

 

時間内に時間内に。

そんな状況に毎日置かれるだけで疲弊する。

そして、上手にできなくたっていいから人並みになりたい。

平均的に、普通にできたらいいのにと思うようになる。

あまりできない、全然できない誰かを見たら安心するしバカにする。

できるだけ早くできるようにスピードを競う。

 

私は成績は悪くはないけれど、理解力が遅いのと、

自分のペースで自分のやり方を見つけたいから何かができるのが時間がかかる。

やりたくないものは興味がないし、中途半端にこなしてしまう。

人の話を聞いていない、頑固者、マイペースだって散々評価されてきた。

それがマイナスになることはあっても、

これまでの人生でプラスに花咲くことはほぼなかった。

だから、私は自分の自己評価が低かった。

 

 

でもストレートに歩んできた人生、

留年することもなく大学を卒業し、就職した人生、

退職して、初めてレールから外れて、

時間に追われない自分1人で過ごす時間ができて、

やりたいことやりたくないことと向き合うという贅沢な時間を得て、

レールを外れたはずなのに、

なぜか自分に自信が持てるようになってきた。

※同じような話聞いたことあると思いますが、すみません^^;

 

時間内にできるふりして虚勢を張らなくていいんだ。

過去の経験からできないと思っていたことをやってみよう。

すると、できないことがいっぱいできるようになっていった。

 

三線の演奏もできるし、弦を張ることだってできる!

編み物も裁縫もできる!

小学校でつまずいた算数だってできる!

お菓子作りだってできる!

など

 

なんだ、音楽も算数も家庭科も評価は悪かったけれど、

もしかしたらあの頃時間があればできたかもしれない。

やりたくなかっただけかもしれない。

普通を目指して安心したいと思う必要もなかったかもしれない。

 

 

気づけてよかった。

自分が一瞬の評価で落ち込んでしまっていることに。

私は、いつかはできるかもしれないし、できないかもしれない。

と、ただ自分を信じるだけでよかった。

 

技能的なことだけでなくいろんなことでも、一生とか絶対はない。

目の前にあること、それは一瞬の出来事でしかない。

長い目で自分も他人も見ればいい。

 

そんなことを思える私は恵まれていると思う。

そのうち余裕のない毎日が始まって忘れてしまわないよう記録しておきます。

読み返した時に、思い出せるように(笑)

 

冒頭のチャイムが鳴らなければの子どもが

もし学びを分断されることなく大人になっていたら

天才になっているかもしれない。