☆しんかなのブログ☆

元学校の先生、無職、そして母になる。〜世の中への社会研究〜

助けて、教員免許更新講習が進まない(笑)

「子どものこと、どう思っているのか」

 

少しぶりです。書きたいことは、いつも頭の中にあったのですが、

構成を練る暇がなく、やりたいことというか、

やるべきことがありアップしていませんでした。


さてさて、本日は厳選して、何にしよう。

子ども観。部活動指導員。経済、政治界の影響が強い教育などなど。

ひとまとめには語れないテーマなので日をわけます。


なんで、このテーマが出てきたのかというと、

今まさしく、教員免許更新講習(通信教育)の真っ最中💦

締め切り期限まで1ヶ月💡 

2000字の課題を6つ❕

でも、まだひとつめも書いていない(笑)意外と課題の本はおもしろい。

最小限の頁に濃い内容が。

近代からの日本の教育の流れがよくわかって勉強になります。


しかし❕そんな流暢にしている場合じゃない(笑)

見てください、このマーカーだらけの教科書を。

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そう、レポートのために色分けして、、、

いや、こんなペースじゃ間に合わない。

明日までに1課題クリアします。

週に二つペースで、、、やります。

内容? ないよーなんてないよーになりそう。

推敲している暇なんてないですよ(^_^;)

免許更新講習は通信はおすすめしません。

現役の先生方、めんどくさいですが足を運んで大学の講義受講のほうがいいですよ

自宅だと自分を律する必要があるので、なかなかやる気が(; ・`д・´)💦


さっきブログに書きたかったと話していたことは、

ちょうど通信教育で勉強していて気になったことなんです。
前置きが長いですが、

「子ども観が及ぼす教育観」について興味深い記述があったのでそれについて。


よく知られた話ですが、近代以前の日本では、

「教える/教えてもらう」の文化がポピュラーではなかったようです。

伝統芸能だけでなく、でっち奉公もそうですが、「見て学ぶ」、

まねる」=「模倣」が中心だったようです。


しかし、西洋から輸入された近代の教育観は「教える/教えてもらう」。

子どもは「教育を通じて文明化される対象」と見なします。

その子ども観を支えているのが「発達」という概念で、

大人には子どもに対して発達を促す教育的役割があるとします。

その発達という概念は、すべての子どもに当てはまると。

それが近代の同年齢集団の学校であり、少しでも発達から逸脱すると、

発達障害など不安視されることに繋がっていく。


私の意見ではなく、要約ですが、なるほどなー(レポート進まん(笑))

大人がどういう子ども観を持っているかで、

教育観が変わり、教育実践が変わる。

当たり前のことを言っているだけですが、かみ砕くと、そういうことなんですね。

うんうん。


でも、この子ども観も一部崩壊しつつありまして、それがイリッチの「脱学校論」。

子どもを生産者、消費者、大人に育てる「制度化」を批判し、

学校に子どもを適応させるのでなく逆の発想をする。

時間割は子どもたちが組み、授業の選択をする。

子どもに学びの自由を与えることで、子どもの可能性を広げる。

不登校の子どもが通うフリースクールで具現化されている教育実践がいいのでは?というものです。


ふーむ。時代ごとに若者が抱く流行の価値観というものがあるそうで、

90年代に子どもだった私の時は「自分らしく(個性)」。

80年代は「大人になりたい(自立)」だそう。

00年代~はどうなんでしょうか(笑)

その流れでいくと、「発達」という概念に重きをおいた近代の子ども観、

教育観ってどうなんでしょうか?


私の子ども観って何だろう?

これから、子どもをイチから育てたら、

「発達」に驚き感動もするし心配もするでしょうし、

教えなきゃとも感じるでしょうし。

子どもは大人より力があると、普段よく思ってもいるしなあ。


一度原点に戻ってみるのもいいですよね。

教育に関わる人たちは。

自分の思い込みや価値観で子どもを見ているかもしれません。