☆しんかなのブログ☆

元学校の先生、無職、そして母になる。〜世の中への社会研究〜

自分が決める、自分が責任を引き受けるということ

「そういう意味では弱い生き方」

 

〜先生(世間的に定評のある人)が言うから。

みんなやってるから。

 
これが判断の基準になっている人からすると、
これに当てはまらない人は逸脱者で、非難されたり、
「宗教」呼ばわりされるのでしょうか。
 
私は、自分が決めることを大事にしたいと思っていて、
人の話に耳を傾けないわけではないけれど、納得しないことはしたくないと思う。
せざるを得ないとき、嫌々ながらやるときもあるけれど、それは大抵失敗に終わる。
 
すごく当たり前のことを言っていて、みんなそうだよ、
自分だけ特別じゃないでしょ、と感じられる方もいるかもしれません。
 

でも、〜先生が言うから、みんながやってるから、で選択するほうが

簡単で陥りがちだと思うんです、生きてて生きやすいし。

それが間違いってわけではないです。
私も時にそれを選ぶときもあるし、あったし。
 

ただ、それは自分で責任を引き受けていないんじゃないかってことです。

〜先生やみんなのせいにしてしまわないか、ということです。

 
私は短いちっぽけな人生で、特に退職してから自分が決める、
自分が責任を引き受けると意識してきました。
全然できてないかもしれないけれど、とか言って結果逃げ出すのもありですが、
この生き方って苦しいし、人間って弱いなあと感じることが増えました。
 
失敗❓が増えるし、意見なのか非難なのかを受け止めないといけないし、
モデルがいたらそこを目指せばいいし、みんながやってるからで安心なのに。
そもそも、そちらのほうが「宗教」だと思うし、
強い生き方なのではないかと感じます。
 
自分がどう思うのか、感じるのか。何を信じたいのか。
日々迷い、問答を繰り返す生き方は、
自分(に自信)がないと言われても仕方ないことだとは思います。
 

ただ、そういう弱い生き方をしているので、

そう思われる責任も引き受けるしかないのです( ̄▽ ̄;)

 
何が言いたいんだ?って話ですよね(笑)
 
つまり、まとめると。。。
 
みんなと同じが無難。楽。責任あるようでない。
 
自分が決めるのしんどい。
 
でも、そうやって生きていくよ。
 
しんどいけどさ。
 
という宣言⁉
 
そして、こんな弱い人間だけどよろしく、というアピールです。
 
誰かを非難してるわけではありません。
非難するとすれば、あくまで弱い自分ですね。
 
毎晩、寝汗がすごくて、本日はベタベタで早朝に目が覚めて着替えました。
扇風機入れてるのになあ。。暑いですね💦
お腹が重くなってきて動作が辛くなってきました。
存在感が出てきました。
夏だからか、パイナップルから立派なスイカに進化しています(笑)
重たい。。。
 
夏を乗り切るのが思いやられます。