☆しんかなのブログ☆

元学校の先生、無職、そして母になる。〜世の中への社会研究〜

ここで産むと決めてから~母になるための選択②~

「まだお腹の中にいたい」

 
現在、すくすくと成長する赤ちゃんの育児に明け暮れる毎日を送っています。
赤ちゃんを見ていると、無条件に可愛く愛しいなと思います。

同時に今ここに存在しているならば、

産まれ方なんてこだわる必要はないとも。

そんなことを忘れるくらい、

生きるということは慌ただしくパワーがある。

生きているだけ、命があるだけで素晴らしいと思わせてくれます。

 

41週6日の早朝。正期産最終日。

今日産まれなければいけないタイムリミットの日。

予定日が間違っているのか(妊娠前の生理日は記録していたから間違いない)、
病院から逃亡して一人で産もうか、
入院中悶々と考えたが、私は逃げずにここにいた。
陣痛で一睡もできなかったが頭はしっかり働いている。

決断しなければ。

促進剤を打つのか、元気なうちに帝王切開か。

 
この決断は合っているのか?
正直、自信がない。
赤ちゃんはそれでいいのか?
でも、それしかないと思う。
 
口に出して言う勇気がない。
時間が止まればいい。
いや、戻ってほしい。
ただお腹の中にいるだけで幸せを感じていた日々に。
 
どこからやり直せば、今ここを悩まなくて済むのだろうか?
私の何がいけなかったのか?
 

陣痛はすでになかった。

というよりも、私自身が「陣痛よ、止まれ」と一晩ずっと願っていた。

止まってはいけないはずなのに。

 
昨日から陣痛が起きても無意味な気がしていた。
薬で無理に陣痛が起きているだけ。
赤ちゃんは降りてくる気がないんじゃないかという気がしていた。
実際どんなに促進剤を使っても心拍は変わらず元気だった。
助産師さんが赤ちゃんの心拍を確認しに来た。
 

その時、左胸の下あたりを赤ちゃんが足で蹴った。

臨月に入る前からよく感じた胎動だった。

もう正期産最終日なのに、なぜそんなに上にいるのか❓

 
心拍を助産さんが取るときにも不思議なことに、
赤ちゃんが昨日とは逆の位置に心臓があった。
 

つまり、まだ骨盤に頭が十分にはまっていない。

赤ちゃんはお腹の中で動く余裕があるのだ。

 
その時、どの選択をするか決めた。
 
そうか、わかった。

まだお腹の中にいたいってことなんだね。

本当はお腹の中にいさせてあげたい、できれば。

自力で出てくると信じて待っていたい。
離れたくない。
 

でも医療の、大人の、私の都合で今日出てきてほしいんだ。

あなたが元気なうちに。

私が会いたいからさ、ごめんね自分勝手で。

 

だからあなたはもう頑張らなくていいよ。

出たくないのに無理に苦しい思いはさせられないよ。
陣痛を無理に起こされたり、引っ張られたり嫌でしょう。
 
 

だから私が全部リスクを背負うよ。

本当はお腹を切りたくないけど切るよ。

手術による副作用も、術後のデメリットも全部受け入れる。

決めた、覚悟した。

 

あなたの命が手に入るならそれでいいや。

 
胎動を感じる前から、私は帝王切開を選択していた。
でも、言いたくなかった。
でも、胎動は迷いを消してくれた。
 
医師と最後のエコーを見た。
予想通り、促進剤を使っても赤ちゃんは降りてきていなかった。
 

「私、帝王切開します」

 
医師に伝えて30分後に手術が始まった。
 
もうすぐ会えると思うと嬉しかった。
人生で初めて身体にメスを入れる。
 
覚悟はしていた。
でも動かないように両腕をベルトで縛られた時、怖いと思った。
涙は拭けないけど、一筋涙が流れた。
 

あーあ、もう逃げられない。

あーあ、もう下からは産めない。

あーあ、一生傷は残るんだなあ。

あーあ。

あーあ。

 
処刑前の人って、切腹前の武士ってこんな気持ちなんかなあ❓
 

昨日までの私は死んだ。

約30年生きてきた私は今日死んだんだな。

大げさかもしれないけれど、その時はそう感じていた。
全身麻酔でなく、下半身だけの麻酔だった。
うまく麻酔は効いた、痛くはない。
でも何が起きているか分かる。
あ、切られた。
 
戻れない。
つらいな。
もうすぐ会えるんだ。
楽しみだな。
元気かな?
大丈夫かな。
 
一睡もしていない。
何も食べていない。
ものすごく眠い。
意識が朦朧とする。
けど絶対寝ない。
 

今起きていることを覚えておきたい。

赤ちゃんの第一声をひとつも逃さず聞こう。

 
いろんな気持ちが入り交じっていた。
 
そして、無事赤ちゃんが誕生した。
手術台の私の耳元に連れてこられた。
抱っこはできなかったけれど、一瞬だけベルトを外してもらって触った。
元気に泣いていた。
 

「やっと会えたね。

て、なんで出てこなかったん?」

 
それが私が最初にかけた言葉だった。
のちのち笑い話になりそうである。
 

赤ちゃんが幼児くらいになったら

出てこなかった理由を語ってくれる日が来るだろうか?

迷子だったのか、

ただ、お腹の中にいたかっただけなのか。

 

「大人の決めた期限なんて知らないよ。

こっちにも都合があるんだ」

自分のペースを貫く赤ちゃん、我が子はきっと大物になるだろう(笑)

 
正期産というリミットがあるのは、
それを過ぎると胎盤機能が低下するからだそうだ。
私は術後、自分の胎盤を見た。
大きく立派で劣化はしていないそうだ。
来週も大丈夫だったのかもしれない、なんてね。
 
出てこれなかった理由を、
医師はレントゲンでは赤ちゃんの頭が少し大きく、
骨盤ギリギリだったからかなと言っていた。
けど、私はレントゲンで実際どうなるか分かるもんかと思う。
 
単純にお腹の中が居心地がよかった。
赤ちゃんが出たくなかった。
私にはその解釈のほうがしっくりくる。
 

帝王切開も赤ちゃんにとっては予定通りだったのかもしれない。

最初から、いや途中からかもしれないけれど、

そうやって産まれたかったんだろう。

 
うん、そのほうが納得できる。
私は妊娠中、産まれる時は医療介入しないほうがいいのかなと
考えていたけれど、それは私の願いであり、こだわりだった。
そう、赤ちゃんの願いは違っていたんだ。
 
当時を振り返りながら、今ならそう思える。
 

少しはふっきれた?

いや、まだ頭の中での理解で、気持ちは追いついていないかな。

正直、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだと思っている(笑)

 
するっと苦労なく産む人だっているじゃんって。
思った通りのお産ができる人だっているじゃんって。
量子物理学?
無意識に引き寄せたんだろうって?
なんじゃそりゃ。勉強不足か。
お産について考えすぎたから罰が当たった?
あーあ。もう、、、
 

やりたくないことを受け入れるのには時間がかかる。

ただ今回のことは、私に予想もしなかった景色を見せてくれた。

妊婦から、母のスタートラインに立つには必要な経験だった。

赤ちゃんがくれた「学び」、「ギフト」なんだろう。